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まとまらない自殺の話

日本では年間2万人が自殺する。30分に一人の計算。若者の自殺率は世界一。国が自殺と認めただけだから、本当はもっとずっといるとも聞くけどよくわからない。死亡原因としては、病気と老衰と事故の後、9番目に多い。人口の1.5%。

そして、自殺者の統計の人数を合計すると、戦後だけで150万人になった。第二次世界大戦の民間人の犠牲者の1.5倍。東日本大震災で亡くなった方が1万5千人。北朝鮮による拉致被害者が12人。数で比較するのは申し訳ないけれど外国や天災ではなく、国内で常に自ら命を断つ人々がいて、そのことに対する関心があまりに薄いことに驚く。心は全然平和じゃない。

お金と自殺の関係を考えたくて、経済と自殺者の統計データを重ね合わせてグラフを作った。人口10万人中の自殺者数とGDPの変動率。(GDPはグラフが重なるようにマイナス反転させて、バブル崩壊といわれる1990年を基準でみようと思って+20してある。)恣意的なのかもしれないけれど、はっきりした経済の数値と心理的影響が強い自殺との関係があるかどうかを知りたいのだからいいんじゃないかな。僕はお金で失われる命があると思う。これから少子高齢化の国が増えてきて、これまでの通りの社会では支えられないようになってくると、生きる希望を失う人が増えるかもしれない。だけど、日本は課題先進国だと思えば、解決先進国にもなれるという事だ。絶望しかないわけではないのだと自分を励ます。

「お金はお金よりも大事なものを守るためにある。」とコロコロコミックに書いてあった。あくまでもお金は道具だから、お金に使われたくないと思う。自分の行いの対価として認めてくれる人がいるという事は、そこに共通の常識がある。常識の少し先で明かりを照らす事はお金になるし感謝されやすいと思う。全く常識の外側の話は理解されづらくてお金にもなりにくいと思うけど、そこに意味がないわけじゃない。お金で命が失われて平気なんて、常識が狂っている。だから、僕は狂っていない。笑

自殺者の内訳を見ると、以前は増えていた経済・生活問題が減少傾向であることを知って、少しは落ち着く。だけど、健康問題が常に半数を占める。健康問題での自殺は、鬱や統合失調などの精神疾患で半数以上になる。なかなか理解されない地下空間があって、そこでなんとか生きている人がいる。知らず知らずのうちに幸福の床の下にいる。病は気からと言う。ストレスが原因で病気になる事はブラック企業をみればわかる。体の病気が原因で自殺されてしまう人も、病気そのものの苦しみ以外にも、心が死ぬほど苦しい気持ちになる社会なのではないかとさえ思ってしまう。素人が統計を持ち出しても見方さえおぼろげだし、僕にできる事は本当に限られている。それでもそういう人がいるのだと認知している事はできる。



警察庁「平成30年中における自殺の状況」
https://www.npa.go.jp/publications/statistics/safetylife/jisatsu.html

厚生労働省「自殺の状況をめぐる分析」
https://www.mhlw.go.jp/wp/hakusyo/jisatsu/16/dl/2-02.pdf


先日も同性婚を認めたら同性愛者の自殺が半数近く減ったというニュースを読んだ。愛情と自殺の関係が認められてきている。経済状況と心と体の健康が結びついている事だって関係している問題だと思うし、別々にできることだと思う。ドイツにいたころ、インド人だったような気がするけど「日本では就職しないと結婚できないって本当?」と聞かれた。一瞬何言ってるのかわからなかった。だって当たり前だと思っていたから。だけど、そうじゃない世界がある。いい悪いではなくて、気づかずに結びついているのではないかと思う。お金がないと、心か体を壊すまで働き続けなければいけない。不健康だと働き始めることさえできないのに、生活保護の話をすると「は?非国民なの?」って顔をされることの方が多い。これは異常なことだと思うけど、僕が狂っているのだろう。笑

他の人に自殺の話なんてネガティブなことを言うと、聞いてもらえない事はしょっちゅう。引っ張られる感じがして怖いのかもしれない。蓋をされる。見てはもらえないけど、困っている人がいる。どうしたらいいのか困っていた。当の本人にも、あ、こうすればいいのになと思うこともあるけど、それを直接言える状態でない場合もある。まず落ち着く事が難しいのは、少し吐き出すものがあるんじゃないかな。僕もその一環のようにこうして書いている。

僕が坂口恭平さんがすごいと思ったのは、それをたくさんの人と話した上で、死にたいというのは「言葉にならないんじゃない?」と言う言葉にしてくれた事だ。統一できない。まとまらない。心理学とか歴史のなかでは解明されているのかもしれないけど、自分で実践して、身近に感じられるように書いてある。全部が全部すごいと持ち上げるつもりはないけど、それもまたまとまらなくていい。

まとまらないまま、いのちと向き合ってみようと思う。