近代以降、美術史は「絵画の終焉」を繰り返し定義してきました。自己言及的な形式主義やポスト・メディウムの議論を経て、絵画という形式は、アカデミックな制度の内側で語り尽くされたかのように見えます。私はその理論的帰結を否定しません。論理としての絵画は、すでに完結しています。
しかし、私の実践はそこから始まります。それは理論の再興ではなく、理論が前提としてきた「標準的な認知・身体」という境界線の外側から立ち上がる、切実な生の形式です。
私の制作は、あらかじめ用意されたコンセプトの表現ではありません。制作は、神経多様性に基づく特有の知覚、注意の揺らぎ、日々の疲労、あるいは身体が刻む固有のリズムから始まります。
何を描くべきか定まらないとき、私は「描きたいという衝動の状態」そのものを描きます。そこでは、意識的な思考よりも先に筆が動き、身体が理論を追い越していきます。この「遅れ」や「ズレ」こそが、標準化された認知モデルでは捉えきれない、私の絵画のリアリティです。絵画は「死んでいる」のではなく、普遍性を志向する言葉が届かない場所で、今も脈打っています。
この身体的実感は、私のキュレーション、あるいはギャラリー運営という実践とも深く結びついています。例えば私は、専門的な美術教育の外側で表現を続ける一人の友人を、十数年にわたり背中を押してきました。
専門教育外の、壊れやすく見過ごされやすい表現を掬い取ろうとするとき、私は常に「自らが節穴であるかもしれない」という恐怖と自覚を抱えています。既存の評価基準に頼らず、自分の目を信じる必要があります。そして、ただ「寄り添う」だけでは不十分です。長く伴走した責任として、声を奪わず、先回りせず、しかし社会へと届けるための回路を構築すること。こうして彼女が初めての展覧会を経て5年、今や自ら他者の背中を押す活動を続けている事実は、このような態度の重要性を証明しています。芸術によって日常的な価値観を揺さぶることは、地域の人々の世界の見え方に影響します。
私の実践は、物理的にも精神的にも、アカデミックな芸術理論の射程の外側に位置しています。これは理論に対する理論での反論ではありません。身体、神経系、そして個別の生の条件が、制度的な枠組みをはみ出してしまうその場所において、表現はなお不可避に生き続け、分かち合われ続ける。私は、この絵画の脈動という「反証」を通じて、芸術理論の射程がどこまで拡張され得るのか、そして名付けられてこなかった声がどのように現れ得るのかを、実践のなかで問い続けています。
注記
私にとって、このような関係は表現者として真っ当な友情のあり方の一つです。
それを言語化するためにAIを使う必要がありました。
この事実は、私の実体験と一般的な言語との間に、どれほど深い乖離があるのかを示しています。
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