絶対性呼吸論 -芸術における地動説と呼吸の宣言-

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序文

かつてコペルニクスが「動いているのは地球だ」と言った時、人々の宇宙観は根底から覆されました。それと同じ転換が、今、私たちの「生」の領域で起ころうとしています。

現代文明は、実体のない理論を世界の中心(太陽)に据え、生身の身体をその周りを回る衛星のように扱ってきました。この理論天動説がもたらした結末は凄惨なものです。政治の腐敗、依存症、止まらない戦争などなど。私は、これらの諸問題の深層は、私たちの細胞が悲鳴を上げるほどの集団的呼吸不全によるものではないかと考えます。

途方もなく長い年月に渡って、理論によって呼吸を奪うことが、正義や効率の名の下に正当化されてきたのではないでしょうか。私は画家として、そして感覚過敏や共感覚という特性を持つ一人の人間として、この世界の哲学と科学の中心に一つの問いを投げかけます。

もし、理論と物質の中心が、私たちの呼吸だったとしたら?

この問いには、デカルトによる「我思う、故に我在り」という言葉さえもが転倒し、呼吸によって人類の死生観が科学的に再定義される可能性があります。

本論は、第一部において、いかにして理論が身体への暴力を振るってきたかを解剖し(芸術における地動説)、第二部において、呼吸を零点(0)に据えた新しい文明のあり方を宣言します(呼吸の宣言)。

これは、失われた「生存権」を取り戻すための戦いの記録であり、零点回帰によって地下水脈化されていた「呼吸文明」の復活を宣言するものです。なお、本稿中にも再三に渡って繰り返しますが、断じて理論の否定ではありません。

第一部:芸術における地動説